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2008年 07月 18日
【寄稿】迷走する後期高齢者医療制度 -冷静な議論を望む (伊勢新聞 2008年7月16日 2面) 後期高齢者医療制度が迷走している。年金や医療などの社会保障政策は、かつてないほど国民の注目を集め、連日メディアを賑わしている。一方、野党は「姥捨て山」として、ひたすらにこの問題を政局にすることに全力を挙げれば、対する与党は補助金の拡大策や負担減免措置を連発する。 このような動きは中央にとどまらない。全国の350を超える地方議会が後期高齢者医療制度の見直しなどを求める意見書を採択しているが、こういった意見書の多くは、単に運用面の問題を指摘した上で、「混乱が起きている、反対が多い、だから廃止」といったものが多い。制度そのものの背景や哲学、公費や世代間の負担バランスなどを、事実に基づいて検討した上で建設的な提案をしているケースは、残念ながら皆無に等しい。例えば、三重県では世帯の79%で負担が減少するとの試算もあり、一律に負担増になるとは言えないし、5倍とも言われていた市町村国保間の大きな格差は、広域連合にすることで逆に2倍程度まで縮まるとされる。 はたして、何が真実なのか、そして本当に「姥捨て山」なのか、多くの国民にとっては、いまひとつ分かりにくいことだろう。 そもそも今回の制度にはどのような背景があったのだろうか。話は35年前、昭和48年の老人医療費の無料化まで遡る。この無料化は、高齢者が医療機関に殺到、「病院のサロン化」や「ハシゴ受診」などの現象を引き起こす大きな引き金となる。当然ながら医療費の高騰を招き、やがて高齢者医療費はそれらを負担する健保組合などを含む現役世代の大きな不満の種になってきた。 ハーバード大で行われてきた医療制度の国際的研究からも、日本の外来受診回数や病床数は世界的にも極めて突出して高いことが分かっている。また医療政策の実証研究からは、無料化などの極端な負担軽減策は、患者・医療提供者双方の「モラル・ハザード」と「オーバー・ユース」(サービスの過剰使用)を引き起こす可能性があることも指摘されている。 後期高齢者医療制度に行きつくまでの30数年間の施策の数々 ―高齢者の窓口負担増など― はいわばモラル・ハザードとオーバー・ユースの解消の歴史でもあり、医療費を誰が負担するかという、保険者・世代間負担バランスの問題でもあったとも言える。それらの総決算が後期高齢者医療制度だったのである。 確かに「後期高齢者」という名称、不信の最中にある年金から天引きを行うという配慮のなさ、制度の周知のための広報が決定的に不足していたなど問題は多い。現在の制度がいわば妥協の産物であることから、制度そのものの持続性を問う意見もある。また、制度設計の際に、先に挙げたような論点についての国民的議論と合意形成が充分に行われてこなかったのも大きな問題だ。今後、政府与党はこれらの事態を真摯に受け止めて、これからの政策に生かす責務がある。 限られた財源の配分の問題についても考える必要がある。日本の一般歳出の40%以上を占める社会保障関係費のうち、80%以上が高齢者向けである一方で、こども向けはわずか数%。また、GDP(国内総生産)に占める子育て支援策への支出は1%程度と、他の先進国の2分の1から3分の1の水準だ。教育費も決して多くない。つまり、少子化対策の重要性が叫ばれる中、日本の「次の世代」のための投資はあまりに貧弱であり、教育界や子育て世代から悲鳴が上がるのも無理はない。高齢者世代、現役世代、そして次の世代のバランスをどう決着させるか、これも政策判断の大切な軸になる。 これらを総合して考えると、後期高齢者医療制度を単なる「姥捨て山」と呼ぶのには相当な違和感があり、これをいたずらに批判し政局にする政治にも共感できない。 そもそも、国民が待望しているのは、政局のための単なる批判や反対ではなく、ましてや、その場しのぎのバラ撒きでも大衆迎合でもない。高齢者が安心できて、団塊世代が安心してリタイヤできて、そしてこどもたちが「早く大人になりたい」と夢を持てるような、そんな国をつくるための日本の将来を描くビジョンではないか。 かつて、高度成長下で経済が順調に拡大していた時代、必要な財源は、あたかも「打ち出の小槌」のごとく振り出されてきた。足りなければ赤字国債が何とかしてくれた。しかし、もはや打ち出の小槌などどこにもない。何かを選択するために、何かを諦めなくてはならない。つまり、これからの時代は「不利益の痛み分け」という政策選択が問われているのであり、全ての人が100%満足する政策など存在しない。 国民、マスメディア、政治 -全ての関係者に冷静で建設的な議論を促したい。 ---- 小野崎 耕平 米ハーバード大学アジアセンターフェロー、鈴鹿短期大学客員准教授、法政大非常勤講師。ハーバード大公衆衛生大学院修了。医療関連企業、米国医療安全専門機関などを経て現職。 by onozakikohei | 2008-07-18 07:49
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